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東京高等裁判所 昭和59年(行コ)46号 判決

控訴人

篠田健三

右訴訟代理人

森田明

ほか一一名

被控訴人

神奈川県知事

長洲一二

右訴訟代理人

福田恒二

右指定代理人

関雄吉

ほか三名

主文

原判決を取り消す。

本件を横浜地方裁判所に差し戻す。

事実及び理由

一控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

そして、控訴人の本訴請求は、神奈川県内に住所を有する控訴人が、昭和五八年一〇月二四日、被控訴人に対して、「神奈川県の機関の公文書の公開に関する条例」(昭和五七年一〇月一四日神奈川県条例第四二号。以下「本件条例」という。)四条の規定に基づいて、訴外株式会社太陽企画事務所が同県逗子市に建築予定であつた五階建マンションについての昭和五七年一二月八日付確認申請書添付書類中の各階平面図、立面図及び断面図(以下「本件図面」という。)の閲覧を請求したところ、被控訴人は、同年一一月七日、本件図面が本件条例五条一項一号及び二号所定の閲覧を拒むことができる公文書に当たるとして本件条例七条一項の規定に基づいて控訴人の請求を拒否する旨の決定(以下「本件拒否処分」という。)をしたとし、本件拒否処分には本件条例五条一項一号及び二号の規定の解釈、適用を誤つた違法があるとして、行政事件訴訟法三条二項所定の処分の取消しの訴えとして本件拒否処分の取消しを求めるものであつて、以上の事実関係自体については当事者間に争いがない。

しかるところ、原判決は、控訴人は単に神奈川県内に住所を有する者であるという地位に基づいて被控訴人に対し本件各図面の閲覧を請求したものであつて、本件各図面は控訴人の具体的な権利、利益とはなんらの関わりがなく、したがつて、本件拒否処分によつては控訴人の具体的な権利、利益はなんら影響を受けるものではないから、控訴人は本件拒否処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないとして、本件訴えを却下したものである。

二そこで按ずるに、本件条例は、「県内に住所を有する者、県内に勤務する者、県内に在学する者、県内に事務所又は事業所を有する法人その他の団体その他県の行政に利害関係を有するもの」(四条)は、知事、議会、公営企業管理者その他のいわゆる実施機関に対し、「実施機関の職員がその分掌する事務に関して職務上作成し又は取得した文書及び図画であつて、当該実施機関において管理しているもの」(三条一項。以下「公文書」という。)の閲覧及び写しの交付(以下「閲覧等」という。)を請求することができるものと定めて、右所掲の者は、当該公文書が自己の具体的な権利、利益と関係があるか否かを問わず、広く公文書の閲覧等を請求し得るものとし、また、公文書の閲覧等の請求に対して実施機関がした諾否の決定(七条)について不服のある者は行政不服審査法に基づく不服申立てをすることができることを当然の前提として、同法による不服申立てがあつた場合には、実施機関は、神奈川県公文書公開審査会の議を経て当該不服申立てについての決定を行わなければならない(一一条一項)ものとするなど同法に対する特則を定めている。

本件条例のこのような仕組み、とりわけ本件条例が公文書の閲覧等の請求に対して実施機関がした諾否の決定について不服のある者は行政不服審査法に基づく不服申立てをすることができることを当然の前提としていることに鑑みると、本件条例は、県内に住所を有する者、県内に勤務する者、県内に在学する者及び県内に事務所又は事業所を有する法人その他の団体は当然に県の行政に利害関係を有する者とみなして、これらの者を県の行政に利害関係を有する者の例示として掲げ、かつ、県の行政に利害関係を有する者は広く公文書の閲覧等をすることにつき一般的に利益を有するものとのひとつの擬制に立つたうえで、この利益を保護するため、これらの者に対して個別的、具体的権利として公文書の閲覧等を請求し得る権利を付与しているものと解するほかない。そうとすれば、公文書の閲覧等の請求に対して実施機関がする諾否の決定は、公権力の行使に当たる行為(行政事件訴訟法三条二項、行政不服審査法一条参照)としていわゆる行政処分性を有し、右決定によつて公文書の閲覧等を請求する権利を違法に侵害されたとする者は、それだけで右決定の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するのであつて、行政事件訴訟法三条二項所定の処分の取消しの訴えを提起することができるものというべきであり、当該公文書がその閲覧等を求めた者の具体的な権利、利益となんらの関わりがないからといつて、その者が右決定の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないものとすることはできない。

本件条例は、「地方自治の本旨に即した県政を推進する上において公文書の公開が重要であることにかんがみ、公文書の閲覧等を求める権利を明らかにするとともに公文書の閲覧等に関して必要な事項を定めることにより、一層公正で開かれた県政の実現を図り、もつて県政に対する県民の理解を深め、県民と県との信頼関係を一層増進することを目的とする。」(一条)というのであるから、その制度目的は、住民に固有の具体的な権利、利益を保護するというよりは、県政の適正な運営を図るという一般的利益の実現にあり、そうとすれば、いわば神奈川県の一機関としての県民等に対し公文書の閲覧等を求め得る権能ないし権限を与えるにとどめ、それをめぐる争訟制度も、違法な公権力の行使によつて権利、利益を侵害された者に対する救済方法としての行政不服審査法所定の不服申立て及び行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟によるものとするよりは、同法六条所定の機関訴訟又は同法五条所定の民衆訴訟のひとつとして法律の定めるところに俟つこととするのがより制度の趣旨に適合すると解されるところではあるが、それはもとより立法の当否の問題に過ぎないのであつて、県民等に対して個別的、具体的権利として公文書の閲覧等を請求し得る権利を付与することを通じて右のような目的を達成することとし、それをめぐる争訟についても行政不服審査法所定の不服申立て及び行政事件訴訟法三条所定の抗告訴訟によるものとすることがおよそ不可能という訳のものではない。

三以上のとおりであつて、控訴人は、本件拒否処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者ということができ、控訴人の本件訴えを不適法とすべき理由を見い出すことはできないから、これと異なる見解に立つて本件訴えを却下した原判決を取り消し、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八八条の規定を適用して本件を横浜地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(西山俊彦 越山安久 村上敬一)

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